いつまでつづくかな・・・

プロフィール

kobako
性別 : 女性
血液型 : A型
好きなアーティスト :  キム・ジェウク
趣味 : ネットで、キム・ジェウク検索

コーヒープリンスの”ワッフル・ソンギ”
”アンティークの”魔性のゲイ・ソヌ”を演じた。
韓国人俳優キム・ジェウクさんを応援しています。




日本ではNHKにて、2011年
3月頃放送予定の
『悪い男(邦題:赤と黒)』
にも
出演。

日本語はネイティブ並みに
使いこなします。
今、注目の俳優さんです。

詳細 >>

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OH BOY!6月号

韓国雑誌 『OH BOY!6月号』 に載っているみたいです。

すごい雑誌名だな^^;;


Walrus BLOG より

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皆さんどれがお好み??

私は一番下が好きです


今週はドラマがお休みですが、記事が続々上がって嬉しいですね

2010-06-16 01:10:34投稿者 : kobako
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今日の雑誌チェック

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もっと知りたい!韓国TVドラマvol.37 (MOOK21) (ムック)



本日、新大久保にランチに行ってきました。

そのついでに、こちらの雑誌もチェック~~!!

内容は、先日の木洞のSBSで行われた記者会見の記事
でした。
散々、ネットで見てしまったため、目新しい感じがなく~
購入せずに帰って来てしまいました。

やっぱり、ジェウク君はインタビューがいいんですよね。。。




新大久保と言えば、昨年初新大久保で見つけた、
その名も『PHOTO LAND』と言う写真屋さん。
ここには、常時ジェウク君の写真が置いてあります。

いつものように、写真チェックしに行ったら、
まだ『悪い男』の写真はありませんでした
(と言うか、ファンミで止ってる~~。)

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モチロン、デザートはコーヒープリンスで、ノ・ソンギ↓の事を


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思い浮かべながらワッフルを頂きました(笑)






新大久保は次々とお店が新しくなり、凄いですね。


東方神起が初めK-POP STARのGOODSを
扱うお店がまたまた増えていました~~




そして、思ったのは、まだ、まだキム・ジェウク君、
知名度が低いわww
もっと宣伝・応援せねば~~

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この方ですよ。

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このカッコイイ方



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この方がキム・ジェウクさんです。
(って読んでる人は、知ってるわよね^^;)











2010-06-08 20:08:11投稿者 : kobako
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韓国雑誌「女性東亜 5月号」インタビュー ※訂正&追記あり

先日、写真だけ載せた「女性東亜 5月号」

インタビューをゲルにてUPしていただいた方が

いらしゃったので、判明 早速お借りしてきました。

     


   

女性より美しい男キムジェウクのベールをはぐ        
        
記事ジョンヒェヨン記者写真イギウク記者         




人々はまだキムジェウクの『ワッフル ソンギと呼ぶ。
3年前の夏を荒したドラマ『コーヒープリンス1号店』で深い印象を
作ったからだ。
しかし、彼は1つの画像に従うことを拒否し、休みなしに前進している。         





女性が見ても嫉妬が出るほど優美なあごのラインを自慢する。
ここでは何気ない表情、涼しい目つき、余裕がある語り口
までより増すと、この世人同じではない。
ドラマ『悪い男』の撮影の真っ最中のキムジェウク(27)に
会ったときに、実際の彼の姿は、今まで出演した作品で
示されているイメージと大きく異なっていなかった。          

2002年にデビューした彼は、これまでの5本のドラマと
1本の映画に出演した。すべてのキムジェウクだけの色を存分に
さらすことができる作品だった。
現在はキムナムギル·ハンガイン·オヨンスなどと一緒にドラマ
『悪い男』を撮っている。彼は今回のドラマで、財閥の後継者だが、
異母兄弟という理由で幼い頃から愛されてみた記憶がない
困窮した感情の所有者として登場する。
お金の多くの富裕層の役割を任せる今回が初めてだ。          

"財閥がどのように住んでいるか分からないが、フォーカスが
後継者というものにあわされていないために、演技することに
に困難、あるいは違う点は、感じていられません。
”ただ、そのまま孤独で孤独な人というものにポイントを
置いていてそこに集中しようと努力します。”          

しばらく前に彼はドラマの撮影のために日本に行ってきた。
1週間程度滞在しながら、出演者、スタッフと宿泊施設を一緒に
使ったおかげで近くなった。特に、演技、先輩キムナムギル·
ハンガインは、キムジェウクよりも1〜2歳上なのに、兄、姉
など呼ぶほど親しくなり撮影中ずっと和気あいあいとした
雰囲気の中で、心地よく作業したという。          

         

新聞記者の父のおかげで、日本で少年時代を送って          

'コーヒープリンス1号店』を見た人なら、キムジェウクを
思い出すのと同時に、思い浮かべるイメージがある。
ワッフルを焼く人、日本語していた男性、黒いマニキュアを
塗った人がまさにそれ。
この中でも日本語を流暢にしていた姿は、
彼が日本人という錯覚を起こすほど自然だった。          

"父が新聞記者だったが海外特派員として
家族みんなで東京に渡り、7年間住んでいた。私は
生まれてすぐに直接行って、小学校入学前まで
いました。それが80年代後半だったが、
韓国人に対する差別がかなり酷いので、友達が
一人もいなかった。
ところが、別に悲しいとか大変だとかは考えることは
ありませんでした。家族以外の他人に会ったのは
初めてなので、そういう風に排他的に出てくるのが
当たり前のものだと思ったんですよ。"          

しかし、韓国に戻って、小学校に入学したときは事情が違っていた。
確かに韓国の子供なのにハングルはよく知らないし、日本語だけ
使う彼を友人らが不思議に眺めて先に近づいたこと。
日本で彼が主に聞いた言葉は“あっちに行け!”だったが、
韓国では"一緒に遊ぼう"と言っていた。

“当時日本から持って来たおもちゃたちが多かったが
何人かの友人が家に遊びに来て、それを見てからは、
学校に行って話すなかで噂が立ちました。
放課後はあなたがたの家に遊びに行ってもいいかと問う友人が
多くなったんです(笑)。最初は『この子らは、私に
なぜこういう?』
したかったが、ますますその友人によって少しずつ
明るくなったようです。"          


韓国によく適応した彼だった日本で幼年期を送ったはずで
日本的な感性が思春期までに影響を与え、中高校時代は
ロックバンドの活動に陥った。 'ガクシタル'というバンドを結成し、
活動したが、当時盛んに人気をクルドンMBC『悪童クラブ』の
オーディションを見ないか、という提案が入ってきて
出演したりもした。彼はロック以外にはどんな音楽も
拒否していたはずで、審査員が、"ダンスのグループを
作るんだけど、ロックをあきらめることができるのか?"と
聞かれると、"ロックが出来なければしない"と言って、
彼らを当惑させた。        

    

"思考もたくさんしましたよ(笑)。社会の不満も多かったし...
いい学生ではなかったのです。両親とぶつかったりしたが、
最終的には父が『それが必ずやりたい?それで、そこに
対する責任は、君がみな負わなければならない』として、
自由には責任が伴うということを刻印させて下さいました。
以降、私はがするすべての事に特別話をされませんでした。"          

彼は親戚の中で、現在も『特異な子供'と呼ばれる。
親族のうち芸能界や芸術側に進出した人が他にいないからだ。
幸いにも彼の父は、このような彼を理解し、社会が決めた規範を
超えない線で自由に活動してみろと許諾してくれた。
彼は、"江南(カンナム)でずっと大きくなったが、目覚めている
思考をもっておられる父のおかげで、いわゆる『江南(カンナム)の
8学区のキッドとは違うという声をたくさん聞く"とし、ぎこちなく笑った。
最初は不安を感じていた彼の母親も、彼が出演した作品が
放送に乗るときは大好きだと。
彼は"お母さんがとても好きで、、最近になってもっと
仕事をしなければならないと考えるようになった"と話した。 

          

         

"作品の選択基準?その場合はすることができないような役割であり、"          

キムジェウクは韓国・日本ワールドカップが真っ最中だった
8年前のドラマ『勝手にしやがれ』でデビューした。劇中
インディーズバンドのメンバーだったイナヨンのそばで
ベースギターを弾いてた仲間として出演した。爆弾頭に
よどみない性格が印象的でしたが、出演シーンはそれほど
多くはなかった。当時、ソウル芸大実用音楽科にちょうど
入学した彼は、実際にも、音楽をしていたので、リラックスして出演した。          

"偶然監督と知り合いになり、ドラマに出演するすることはしたが
ドラマ終わってから後悔しました。演技するのが、そこまで
難しいこととは、思わなかったんですよ。ただ自然に日常的な姿を
見せれば良いかと思ったが、きちんと準備しておらず、飛びかかって
”並大抵のことではないんだな”んです。"          

演技に情熱を持って臨んだわけではないので、彼は
"再び演技をしない"という約束で、学校の授業だけに充実していた。
このほか、高校時代から始めたモデルの仕事が大学入学後、
より多く入ってきて、本格的にショーモデルとして活動したりもした。
大きな身長に乾いたスタイルの彼は当時の美少年モデルが主流を
なしたファッション界のトレンドのおかげで、多くのデザイナーの
ラブコールを受けた。しかし、卒業を控えて、彼の心の中には、ふと、
在りし日きちんと演技することができなかった悔しさが頭を上げた。  


“私の行く道でないと考えたが欲望が夢の枠夢の枠
わき上がりましたよ。 大学路(テハンノ)で知ることになった
演劇俳優に専門的な演技トレーニングを受けましたよ。
 技術的な部分よりはどのような考え方を持って、
演技に臨まなければならないのかなど基本的なことなどを
習いました。 そして多くの助けを借りて今でもその心を
失わないように努力している。”

 

きちんと準備したおかげで、5年後、彼はすぐに光を見る
ことになる。ドラマ『コーヒープリンス1号店』に出演し、
強い印象を植え付けたこと。
ユンウネ·コンユ·イソンギュンが出演したこの作品で
彼がキャスティングされた背景が気になった。          

"多くのオーディションを見て歩いたが、そのうちの
一つでした。その前に日本の男性たちのユニークな
ファッションにハマっていてアイライン、マニキュア、
スキニジーンズ...そんなことでした。サングラスをはめて
入って、監督の前で脱がなかったのを覚えてますね。
あとでキャスティングされてから、私も、私がなぜなったのか
気になって監督に聞いてみると『何千人中、君が一番
生意気に見えた』とおっしゃいましたよ(笑)。
ドラマの撮影も'そのまま、ある姿そのままにしてください』と
注文をしたでしょう。"          

自分の姿を自然に見せてくれたキムジェウクは、
この作品以降かなりの名前を知らしめた。一緒にいた
キャストは、その後のすべてのトップスターとなっている。
撮影中の家族のような雰囲気を維持したおかげで、
今までも、コンユ·ユンウネなどに連絡して過ごすという。      


   
 恩恵はしばしば見られないが連絡はして過ごします。
 コンユ兄は休暇の時ごとに見た程に親しく過ごすのに
兄が服務して進行したラジオ 番組に一度出演したりもしました。
 兄除隊末には偶然に放送を聞いていたずらっ気が発動して
‘ソウルに住むキム氏’として電話連結をしたが その時兄が
‘放送をいたずら(するん)じゃない’として冗談を言ったりも
しましたよ(笑い).”
       

       
  
 コーヒープリンス1号店'以降、彼は次の作品で
映画を選択した。いつも映画を憧れたから必ず一度
挑戦したかったと。彼はチュ・ジフン、チェ・ジホなどと一緒に
映画'西洋骨董洋菓子店アンティーク'に出演した。
この作品で彼は一度見れば落ちるしかない'魔性のゲイ'で
登場したが映画封切り後、波長がすごかった。
皆彼をおいて、"本当にゲイ"だと言うほどだった。

それもそのはず、キムジェウクは、この作品のための役割を
徹底的に分析し、準備した。梨泰院ゲイバーを尋ねて人々を
観察し、同性愛者だけが分かるコードについても研究した。
正確に表現したいと思う貪欲にシースルー素材の衣装などの
中性的な雰囲気を醸し出す小物用への神経を使った。 

"登場する場面ごとにインパクトのあるのが気に入って、
選択した作品だった。シナリオを受けた時も 私以外の
他の俳優が考えることがで出るほど、自信がありましたよ。
エネルギーの全部一度に注いだせいで仕事を終えたときは、
またしろいってもできなかったんですよ。とても上手にしたのか
その次から入って来る作品が、ことごとくゲイの役割でした(笑)。
出演したら、なんだか国家代表のゲイになりそうでみな断りましたよ。"           

 

以来、彼は男性の性を強くアピールすることができたKBSドラマ
『風の国』に出演した。出くわしたムヒュル(ソンイルグク)の正義感に
胸を打たれて生死をともにする同志チュバルソを演じた。
周辺では、彼のイメージと合っていないと言って出演を止めたが、
同年代の俳優からは学ぶことができない点を、多くの先輩に学びたくて
出演した。彼の予想通りの貴い授業になったという。         

          

  

モデル·歌手俳優あらゆるひも離したくない             

キムジェウクは、この作品の後の1年間の休息を取った。
2007年から休まずに仕事をしたはずで疲れていたためだ。
消費された時間だけ充電の時間が必要とする。
この時期に、彼はしばらく降りておいた音楽を改めて求めた。           

"2002年の二十歳に会った友人たちと結成した
グループがあります。 'Walrusというロックバンドなのに
大学の時、クラブでの公演もして、音楽祭の舞台に立つことも
しましたね。去年の秋には、『グランドミントフェスティバル』という
お祭りに出て、公演したりもしました。
 『風の国』に出演し、音楽に対する喉の渇きが深くなったが
一年の間残すことなく、バンド活動しながら、
願いがかないましたよ"           

キムジェウクは、演技をする合間に、音楽活動はもちろん、
モデルも一緒にしてきた。
どちらか一種類で大成したいという欲はないのかと尋ねると、
"まったくない"と切って言う。           

"私の中にあるいくつかの可能性を閉めておきたくない。
したいことらはしながら生きるつもりですよ。
事実の前に全力を尽くすという言葉をあまり好きではない。
そのまま自ら出来る限り熱心にすれば良いということで、
私が満足すれば、十分だと思います。
その意味で、音楽、モデル、演技の3つのすべてを
楽しみながらしています。"           

芸能界に入った後彼は周辺に巻きこまれないように
努めたという。 誘惑も多くて、少しの間油断すると、
一瞬にして崩れる所が芸能界ということを知ることに
なったためだ。
そのような面でキム・ジェウクは一度も自分自身に
恥ずかしいことをしなかったという。
傲慢に見えるかもしれませんが、彼は、望まない方向には
絶対動かないという決意で日々を生きている

"アーティストは皆、フリーランサーです。
そのため、不安を得ないでしょ。
しかし、私は最初から欲張らずに、自分だけの主張のもとに
仕事をしてきました。
それだけ損害もたくさん見たが、耐えなければならない部分だ
と思います。今後も環境が後押しされる限り
欲なしで長く仕事 をしたいです。”




元記事は こちら


翻訳機コピペが、あまりにも分かりにくかったため

いくつかの翻訳機を使い、訳し直しました。

日本で幼少時 『あっちにいけ!』って言われたり

したんですね。

そこの訳が解かって、涙が止まらなくなりました。

彼のお父さんの一言、そして『風の国』に対する話し

等々、本当に読み応えのあるインタビューでした。




ますます、『悪い男』楽しみじゃないですか??

色んな経験が、彼の演技の肥やしになって欲しいと

心より願っています。


ジェウク、ファイティーン



2010-05-29 15:37:09投稿者 : kobako
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